1. TOP
  2. 団塊の世代”アキラ”:1949年(昭和24年)7月生まれの獅子座

団塊の世代”アキラ”:1949年(昭和24年)7月生まれの獅子座

団塊の世代”アキラ”

団塊の世代の皆さん、そうではないみなさん、こんにちは”アキラ”です。

はじめてということで、今日は私”アキラ”の自己紹介をさせていただきます。

爺ちゃん子

1949年(昭和24年)7月生まれの獅子座である。

あの太平洋戦争終結から4年後に石見の田舎町で、戦地のインドネシアで捕虜としての生活を終えた父と地元で長年続いた武家の一人娘の母の長男として産声を上げた。

一人娘の初めての男の子と言うことで、祖父の可愛がりようは、それは大変だったと聞いたことがある。

祖父と二人で撮った写真もいくつか残っているが、穏やかな表情を浮かべる祖父であった。

ただ、可愛がられたせいで私自身はかなりの我がままと言うか、自分の思うようにならないとかんしゃくを起こしていたと聞いている。

団塊の世代

ある時、カメラの形をした容器に入った飴玉を商店の店頭で見つけて、これを買ってくれないとなると店先で寝転がって駄々をこねたと言う。

祖父の家に戻ってからも、周りの大人たちとの闘いは続き、音を上げた叔母がお店について行ってくれて、問題のカメラをゲットしたのだった。

そんな、私を可愛がってくれた祖父が亡くなったのが小学校4年生の時である。みんなは促されて、それぞれ自分の身に着けているものを祖父のお棺に入れていったが、

私だけは激しく抵抗し、祖父の死を認めなかったと言う。

その時、祖父のお棺の側で、「やだ、やだ!」と言って、泣き叫ぶ自分自身の姿に記憶がある。

転校生

父の転勤の関係で、小学校4つ、中学校2つと9年間で6つの学校を経験したのだった。

その学校生活の中ではっきりと覚えていることがある。

通信簿には、

  • 「子供らしくない。」
  • 「おとなしい。」

このコメントがいつも付いていた。

とにかく、クラスみんなの輪の中に入って行くことのない目立たない子だった。

いや、別の言い方をすれば、大人しく皆の輪の中に入らない故に逆に目立つ子でもあった。

団塊の世代 プロフィール

そんな自分だから、みんなは毎年クラス委員選挙には私に票を入れた。私に入れておけば、文句を言って来ないと分かっていたからだ。

趣味は勉強で運動はダメなはずだった男の子が、小6の運動会の徒競走で1番になり、それで目覚めたのか中学生になった所で足の速さから強制的に陸上部に

入部させられ、また苦手だったはずの鉄棒も得意となり蹴上がりとか、昼休みにはいつも鉄棒の練習をしていたのだった。

そんな男の子が高校、大学と続き、どんな社会人として生きて行くのか、これからの日記の中にいろいろ織り込みながら書き綴ってみたいと思います。

”ポチ”っとていただくと今後の励みになります!

にほんブログ村 健康ブログ 60代の健康へ